電波少年最終回
1992年にスタートし、平成を代表する伝説的番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)は、猿岩石のユーラシア大陸横断ヒッチハイクをはじめ、数多くの人気企画を生み出しました。その演出・プロデューサーを務めたのがT部長こと土屋敏男(62)。当時の有吉弘行(45)はどんな芸人だったのか、土屋プロデューサーが話しています。

ユーラシア大陸横断ヒッチハイク当時(1996年)の有吉の芸人としての能力はについて土屋プロデューサーは、「ゼロ。ゼロですよ」とバッサリ。

ヒッチハイクは視聴者から愛されるようにしないといけないので、VTRの編集のときに「態度悪いな」と思ったところを、全部編集で切っていたといい、「今のキャラは、その当時からありましたよ」と説明。有吉の面白さには、最後まで気づかなかったと明かしました。



■「有吉弘行は芸人としての能力ゼロだった」と『電波少年』プロデューサー

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 1992年にスタートし、平成を代表する伝説的番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)は、猿岩石のユーラシア大陸横断ヒッチハイクをはじめ、数多くの人気企画を生み出した。その演出・プロデューサーを務めたのがT部長こと土屋敏男(62)だ。

 元猿岩石の有吉弘行(45)は、いまや何本も番組MCを務める、超売れっ子芸人だ。そこで、当時の有吉はどんな芸人だったのか、土屋プロデューサーに聞いた。

(抜粋・全文は以下のリンクより)

「有吉弘行は芸人としての能力ゼロだった」と『電波少年』プロデューサー

■有吉ぃぃeeeee!【公式】 Twitter


このニュースに対しネットでは、「土屋さん、すごいなー。普通ならあの頃から有吉は光る物がありましたよ、本人にはいつも言ってました、なんて言った方が良いだろうし、実際そんな事言う人ばっかり。でも、あの頃は面白くなかったとはっきりと発言。同感です、猿岩石は全然面白く無かった」「でも今の有吉さんは頭の回転がいいというか、上手いこと言うなあとしみじみ。屁理屈とも違う、彼の知識や頭脳はどうなってるんだと思うくらい」「ヒッチハイクは有吉のキャパとは違う売れ方で、能力を発揮できない状況だったのでしょうかね。やはり殼を破って、今の有吉としてテレビに出てるのは、それこそ裸になり、猫男爵となったことがきっかけだと思われる。内P時代に猫男爵としてやった大喜利は抜群だったしね」との反応。

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