愛は愛に愛で愛を
モデルのラブリが8月29日、愛犬のペンくんが自身の“大切な人”によって虐待を受けていたことをInstagramで報告しました。

フレンチブルドッグのペンくんとの日々をSNSで発信しており、2019年6月から7月までは動物雑誌『いぬのきもち』(ベネッセ)のWebマガジンでペンくんのコラムを連載するなど愛犬家として知られるラブリ。

ペンくんが虐待を受けていると分かったきっかけは、2018年にラブリが自宅を留守にしていた際にペンくんが負ったという左目のけが。多くは語っていませんが、少なくとも当時ラブリの自宅に自由に入れるくらいには懇意にしていた“大切な人”は当初、「椅子の角で眼球をぶつけた」と報告したもよう。しかし、これを不審に思ったラブリが監視カメラを設置したところ、同人物による20分間の虐待の様子をリアルタイムで目撃することになり、事態の発覚に至ったとのことです。



■「一生許すことはできません」 ラブリ、愛犬が“大切な人”から虐待されていたことを告白

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 モデルのラブリさんが8月29日、愛犬のペンくんが自身の“大切な人”によって虐待を受けていたことをInstagramで報告。同じくペットを飼っている人に注意を呼びかけています。

 フレンチブルドッグのペンくんとの日々をSNSで発信しており、2019年6月から7月までは動物雑誌『いぬのきもち』(ベネッセ)のWebマガジンでペンくんのコラムを連載するなど愛犬家として知られるラブリさん。

(抜粋・全文は以下のリンクより)

「一生許すことはできません」 ラブリ、愛犬が“大切な人”から虐待されていたことを告白

■ラブリ instagram
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私の愛犬は虐待を受けました。なぜこの事を話そうと思ったか、それは私は自分が体験したことを傷のまま残すのではなく強さに変えて私が私を最大限に利用して形にできることがあるのではないかと思いました。自分が経験した体験を私の言葉で社会問題に関わることによって社会が少しでも動物にとって優しい社会になるのかもしれない、そう思ったからです。なので言葉にして伝えることにしました。長くなりますが良ければ聞いてください。愛犬のペンは誰に対しても愛嬌よくむしろ人たらしなほど人間好きな愛犬ですが、唯一その本人には近付くことはなく、私の足の後ろに隠れたり、抱かれると目をまん丸とさせ怖がっているようにも思えました。その時の私には動物にも嫌いな人や相性が合わない人もいるかもな、くらいの認識でしたが今思うと少しずつ黄色信号を出していたんだと思います。その事実が判明したのは左目を怪我したのがきっかけです。椅子の角で眼球をぶつけたという不自然な怪我は私が不在の頃の起きました。それから左目の治療は4ヶ月にも渡り3日に1回の通院、2度の手術、入院、本当に根気と精神の強さが必要な毎日でした。私はただ大切にしていただけなのに私だけがなぜこんな思いをしなければいけないのか、伝わらないのか、分かりませんでした。退院をしても愛犬は家に帰ることをあからさまに嫌がり、私は心の奥にあるなんとも言えない不安と予感を抱えながらも連れて帰りました。まさか私の日常の中に"動物虐待"が起こるとは思わなかったからです。それから意を決し私は家にカメラを設置しました。そこからたったの10日間で判明してしまいました。私はリアルタイムで虐待の20分を自分の目で全てを確認しながら現場に向かいました。本当のことを見ないと言わないと真実を相手は認めることはなく逃げられると思ったからです。大切な人だと思っていた人がその行為を目の前で行なっていることの事実、本当にその時間は心を潰され涙が止まらなかったです。愛犬のまるで日常のような慣れたような態度、黙ってそれを受け入れることができない状態、されるがままの時間、動物は言葉を発することができない。「痛い、怖い」が言えないこと。それに対して人間がすべき行為ではないのです。この事実は今でも消えない癌のように私の中に存在していますが私の時間は進んでいます。日本の現状は動物虐待への処罰までの時間はかなりかかります。逮捕されることもほとんど例がありません。いくらYouTubeで面白おかしく虐待動画をアップする人がいても逮捕はされないのです。先進国では当然のように犯罪であり重罪で逮捕されてしまいます。日本だから、は関係なく動物虐待はどんな理由がそこにあったとしても犯罪であり罪です。虐待をする人間には人権があるのでしょうか。ないのでしょうか。これは人権以前の問題だと思うのです。人間には人権がある、人を殺してもその人には人権ある。それが事実であり表現の自由かもしれません。それでは動物はどうでしょうか、動物は言葉を発することはできません。どんな感情も"言葉"では伝えることはできません。動物にも守られる権利があります。人を殺した人間、子供を虐待した人間は自分を守ることができますが、動物は自身を守ることができません。されるがまま、動物は優しいんです。自らがしたことを同じようにされないとその恐怖を分かることはできません。何を発信し、何を言葉にするのか、社会に虐待は関係しないのでしょうか、虐待をし終わったら、自分なりに反省をすれば、それを公にせずとして動物問題、社会問題を取り上げれるのでしょうか。メディアで社会のことを、政治のことを発言するのであればそれなりの責任と言葉の責任が問われます。それでも発言するのであれば自分を疑い続けなければいけません。虐待をした事実を棚に上げることは可能なのでしょうか。「左目を失っても本人は元気」だと失わせた本人が言いました。虐待をした人が自分にも人権はあると言いました、あなたは愛犬をそうされてどう答えることがあると思いますか?自分のしたことの罪を忘れて生きることは簡単でしょう。虐待をした犬も隣にはいません。私はこの事実を言葉にすることで同じ立場にいる人や動物への意識、法律、社会、何かが変わるかもしれないと思ったから話しました。話せることが、変えられることが、自分の立場であるからこそあるのではと思ったからです。動物を虐待する人間としない人間は一生わかり合うことはできず、虐待をしない人間は一生虐待をしません。そして動物を虐待した人は虐待した罪の重さを一生分かることはできません。虐待した側だからです。そして動物虐待は遠い話ではなく身近に起きているということです。一生このことは許すことはできませんが、悲しみを違う形には変えられると思っています。今の愛犬は本当に元気です。全く人を怖がることもなく、その期間は本当に元気がなくなり毛が生えてこなかったり、痙攣を起こしたり、何かが失われていくように感じ、死を感じました。全ての悲しみから離れ引っ越しをしその愛嬌さに救われてます。左目は機能を無くしもう見えなくなってしまいました。片目でもたくさん毎日遊んでます。私自身、時間も通り過ぎ、完全に事実への理解をして前を向いています、だからこそ、この事実を私はなくさないよう

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このニュースに対しネットでは、「大切な人……元彼とかかな。信じてた人が愛犬を虐待してたなんて二重でショックだよね。情にほだされず、見切りをつけてワンちゃんを優先したことは評価します。これからもペンちゃんを大切にね」「すごく怖い。すごくショックだったと思うし、自分を責める事案だと思います。飼い主さん共々、人間不信になって居ないことを祈ります」「カメラ付けた時点で、想像はついてたんだろうなぁ。左目が見えなくなってしまったのは本当に可哀相だけど、カメラ設置は好判断でしたね」「いやいや、動物とはいえ監視カメラで証拠あるなら警察に連絡すりゃ捕まるでしょ。。一生許す事できないのになんで通報しないの?」との反応。

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