笑われる勇気タレントで漫画家の蛭子能収が、著書『死にたくない 一億総終活時代の人生観』(角川新書)の中で、「葬式に出るとつい笑ってしまう。だから葬式に行くのが嫌だし、自分の葬式にも来てもらわなくていいと思っている。死んだ後に他人の時間と金を奪いたくない」と本音を吐露しています。

蛭子は、葬式に行くのがものすごく嫌な理由を、「たしかに、故人との最後のお別れの機会なので、「いま行かずしていつ行くのか? 」という気持ちはなんとなく理解できます。でも、死んだ時点ですでに別れちゃっているわけだし、生きている人がわざわざ集まって死んだ人を見に行くのも……って思うのです」と説明。

さらに、「もっと大きな理由があって、これこそ不謹慎極まりないのですけど……僕は葬式に行くと、葬儀の最中に必ず笑ってしまうのです」とし、「誤解してほしくないのは、葬式で悲しんでいる人たちが滑稽に見えるとか、おかしいというわけじゃありません。ただ、みんな揃って同じ行動をしているその場が、なんだか奇妙で不思議な空間に見えてくる」と明かしました。



■蛭子能収「葬式に行くのは、お金と時間のムダ」

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他人の葬儀には行くべきか、行かないべきか。漫画家の蛭子能収さんは「葬式に出るとつい笑ってしまう。だから葬式に行くのが嫌だし、自分の葬式にも来てもらわなくていいと思っている。死んだ後に他人の時間と金を奪いたくない」と本音を吐露する――。

 ※本稿は、蛭子能収『死にたくない 一億総終活時代の人生観』(角川新書)の一部を再編集したものです。

(抜粋・全文は以下のリンクより)

蛭子能収「葬式に行くのは、お金と時間のムダ」

■蛭子能収 Twitter


このニュースに対しネットでは、「一連の葬儀のセレモニーは「故人のため」ではなく「家族を喪った遺族のため」なんですよ」「故人への深い悲しみと、葬儀に出席するということはイコールではないと思います。葬儀とは故人のためではなく、残された人々の心の拠り所のためにあるのだと思います」「残った人が「しなければならない」と思えばすれば良いし、面倒だと思えばしなくても良い。本気で悲しんでくれても良いし、儀礼的なお付き合いでも構わない。葬儀に対する見解の相違や揉め事を含めて生きている人のモノだと思います」「人それぞれなようですね。私だけかもしれないけど、私は亡くなった人と、その人を支えて来られた方へのお礼を言うために行ってる気がします」との反応。

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