いじめられない力TBS系昼ドラマ『天までとどけ』で大ブレイクする一方、16歳から彼女と同棲、1998年には息子がいたことを公表するといった、破天荒な俳優に見える河相我聞が90年代の仕事への姿勢、そして芸能活動を辞めようと思っていたときに出会った心から尊敬できる人物について語りました。

河相我聞は、「90年代の仕事、恋愛、遊びの割合は、遊びが6割くらい。それから恋愛が3割で、仕事は1割くらいでした」と、当時は「とにかくふざけていた」と告白。
「22、3歳くらいのとき、この仕事をやめようかなって考えてた」と明かしました。

しかし、1998年に出演した映画『緑の街』で監督をしていた小田和正に出会ってから意識は変わり、小田の作品を作る姿を見ていたら、「僕、人生の考え方間違ってたな」と気づき、小田に少しでも近づこうと思ったと語りました。



■「とにかくふざけていた」......河相我聞が振り返る"調子に乗っていた"90年代

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16歳から彼女と同棲(どうせい)、1998年には実は息子がいたことを公表......そんな一見、破天荒な俳優に見える河相我聞。90年代、ドラマ「天までとどけ」(TBS系)で突如としてブレイク、あっという間にアイドルになってしまった彼は、当時の自分を「調子に乗っていた」とはにかみながら回想する。そんな河相が90年代の仕事への姿勢、そして芸能活動を辞めようと思っていたときに出会った心から尊敬できる人物について語ってくれた。

(抜粋・全文は以下のリンクより)

「とにかくふざけていた」......河相我聞が振り返る"調子に乗っていた"90年代

■河相我聞 Twitter


このニュースに対しネットでは、「我門TVとかやってたな」「ラーメン屋やってたけど、どうなった?」「だから今たまーにドラマに出る程度なんじゃない」「自叙伝がなにげに面白いんだよな。バンドの話とか」「つるのが居候してたくらい売れてたからな。今ではつるのと逆転」「本名なんだよな。小学生の頃、名前を馬鹿にされて親には学校に行かなくてもいいとか言われたって、TVで言ってたのを何か覚えてる」「父親が70代のときに産まれたんだっけ?」「つるの剛士が一緒に住んでるときにこづかいをくれたとか言っていたね。面倒見のよさもある感じだけど」「俺が認識した時は既にラーメンの人だった」との反応。

元スレ:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1435811859/

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